主題解説

   

2015年度 年間主題

「平和を学び、平和を生きる」

Learning peace, Living out peace.

 

「平和を実現する人は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」

                                            マタイによる福音書59節(Matthew 5:9


2015年度 秋学期主題
「種として生きる」 

Life as a Seed.

あなたがたがわたしを選んだのではない。

わたしがあなたがたを選んだ。

あなたがたが出かけて行ってその実を結び、

その実が残るようにと、

また、わたしの名によって

父に願うものは何でも与えられるようにと、

わたしがあなたがたを任命したのである。  
                   
ヨハネによる福音書1516節 (John 15:16


チャプレン
澤村 雅史

 

この夏の映画といえば、みなさんはどの作品を思い浮かべられるでしょうか?なかでも85日に公開された『ジュラシック・ワールド』は、世界中で話題を呼んでいる迫力満点の作品です。1993年の映画『ジュラシック・パーク』以来、四作目となる映画はいずれも、遺伝子操作によって生み出された恐竜が画面狭しと暴れまわります。1990年に発表されたマイケル・クライトンによる原作小説には、化石となった樹液である琥珀に閉じ込められた蚊の体内から、恐竜の血液を採り出し、そこから読み取った遺伝子をもとに人工的に恐竜を産み出すプロセスが詳しく記されています。実際には化石内のDNAは損傷が進み、実現は難しいようですが、理論上はあり得る技術だといいます。

さて、恐竜には及びませんが、それでも2,000年前の生命が現代によみがえったという実話があることをご存知ですか?1951年に千葉で太古の遺跡から発掘されたハスの種は、植物学者・大賀一郎博士によって発芽し、美しい花をさかせたのです!種と一緒に発掘された丸木舟の欠片を用いた放射性炭素年代測定により、種は少なくとも約2,000年前の弥生時代のものであると判明しました。このハスの花は大いに話題をよび、世界中に根分けされ、広島でも平和公園内にある平和の鐘を取り囲む池に移植されています。

大賀博士が開花させた種に目をとめてみましょう。同じ花から生まれた種の多くは2,000年前に美しい花を咲かせ、もしかしたら弥生時代の人々の目と心を楽しませたかもしれません。ところがその中の一粒の種だけは、2,000年という時を超え、世界中の人を驚かせる種となったのです。どちらも同じハスの種であることに何の違いもありませんが、その後に歩んだ(?)運命はこれほど大きく違うのです。

聖書はしばしば人やその営みを植物にたとえます。

「種を蒔く人に種を与え、パンを糧としてお与えになる方は、あなたがたに種を与えて、それを増やし、あなたがたの慈しみが結ぶ実を成長させてくださいます。」コリントの信徒への手紙 二 910

恐竜を産み出すような話に現実味を与える現代の優れた生命科学も、しかし、小さな種のひとつでさえ無からは造りだすことはできません。「いのち」は人間が造りだすことのできるものではなく、どこかから、何かから、あるいは誰かから与えられてはじめてそこに存在することができるのです。「いのち」というものは、それゆえに尊いものであり、文字通り「有難い」ものです。

また、種はただそのものだけでは「いのち」として育っていくことはできません。日光、水分、適切な温度、土や養分といった諸条件が備えられてこそ、種は芽を出し、育ち、花開かせ、実りを結ぶのです。いま、ここにあなたがいるということは、同様に、多くの人や環境や状況や条件がまさに奇跡的に組み合わさって初めて起こったことであり、これもまた文字通り「有難い」ことなのです。

そして、聖書が人やその営みを「種」や「実」に例えることには、もう一つの意味があります。それは、何かが実るためには時間が必要かかるということ、しばしばもどかしいほどの時間が必要である、ということです。

「何事にも時があり/天の下の出来事にはすべて定められた時がある。」コヘレトの言葉31

ICT技術や流通網の発達により、様々なことが目まぐるしいスピードで動いたり解決できたりする世の中、秒単位でものごとが測られるような価値観に、私たちはいつの間にか慣らされています。しかし本来、自然が何かを産み出すということには、時間がかかるものなのです。極端な表現をとれば、「いのちには時間がかかる」のです。

いま本学に学ぶみなさんは、ある意味で「種」のような存在かもしれません。いまだ何ものでもない、しかし、いまから様々なものになりうる可能性で満ちた存在です。自分の歩みがもどかしく感じられるときには、どうか自分という種に、もう少し時間をあげてみてください。いつ、どこで、どんな花が開き、どんな実が実るかは、まだ自分も含めて誰にもわからないかもしれないけれど、神様はご存知です。なぜなら、「あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るように」と、神様があなたを選んでここに置いてくださったのですから。